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おにぎりを包む朴の葉が かおりよい。
帯曲輪には 柵がめぐらしてあって
敵の侵入を防ぐ意味があった。
スキー場わきの竪堀から古道を右に
入ると 三段に帯曲輪が掘られている。
奥にも 三段がまえでほられている。
ここに、柵をイメージすると 砦の雰囲気が
よく伝わる。山菜取りに出かけるときに、沼の倉に言ってくると
呼んでいたその池は心地池である。
磐倉が神宿る場所だとすれば、心地池が
そのように呼ばれていたとしても不思議はない。
胎内窟、塚がそこいらに散らばっているところから
ここの平らは 修験道の道場跡であった。
心地池に修業僧が姿を映し 鏡を奉納したと言う。温泉街より右に上り
鬼面川ばた堰堤のあたりに
聖坊という名の敷地がある。
真言修験のお寺があった場所でしょう。
ここから東に歩きスキー場より
伊達時代の古道を登ると天狗山のうえに
修験の道場があった。大きく削られた お堀のわきを通る
山道が薬研彫りにほられた 掘り底道へと
変わる。
右へと分かれる道をお堀の上のテラスを
下に見て 進むと右に 物見やぐら跡が見える。
そこに 上ると 木が倒れた傍らに 川原石が
転がっていた。 石つぶてで 一種のトラップ
だったお堀にはまった敵を攻撃するための
ものだったのでしょう。庭の雪椿の花がさいた。
赤がほとんどで、赤白のまじった
花もついている。
一輪だけ白が咲いていた。
おその沢の雪椿群生地の花もさきはじめた
でしょう。トレッキングコースを歩いて
小野川城砦の雪椿も写真に撮ってこよう。本日より共同露天風呂、小町の湯がお入りいただけます。
午前6時から午後6時まで、通常200円ですが、ご宿泊のお客様はフロントで無料券を配布しております!
http://www.chuokai-yamagata.or.jp/onogawa/komachi.html国史跡指定 伊達政宗の故郷 館山城跡から
南を眺めると左に 古屋敷舘が見える。
政宗が仙台北方 岩出山城址に秀吉の命で
飛ばされてから 伊達時代を色濃く残した
小野川周辺で この古屋敷舘が 最もよく
戦国期の城山のたたずまいをよく保存している。
おその沢より 古屋敷舘の夕日を望む。
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